「勉強」を考える会、思案中

投稿者: snowya 投稿日:

「なんで勉強をしんなんが?」
という問いを、時折、高校生から投げかけられる。

その気持ちはとてもよく分かる。
知っている人も多いかと思うが、僕もその意味を見出せず、2年間ほど高校で軽度の不登校になった口だ。

今、高校を卒業し何年も経った現在の立場から、「勉強」の意味をなんとなく語ることはできる。

とはいえ、喉元過ぎ去った僕らにとってのそれと、
渦中にある彼らにとってのそれは、切実感が違う。

また、「勉強」と「受験勉強」という言葉が意味するところも大幅に違うことにも注意したい。僕らにとっての「勉強」は「勉強」だが、彼らにとっての「勉強」はすなわち「受験勉強」であろう。
そして、僕らにとってそれが過去のものであるがゆえに、「勉強」という集合の一部である「受験勉強」のリアルな質感を忘れ去っている感も否めない。

そんな中、
例えば、大人が中高生に対して、
「後々後悔しないため、将来のために(受験)勉強した方がいい。今はしんどいかもしれないが、絶対それが後で役に立つ」
と言ったとして。

この言説が間違っているとは思えないし、僕自身、受験勉強にまがりなりにも取り組んだ一時期が今の人生に効いているということを否定するつもりはない。
ただ、この主張がこれからの社会においても問答無用で通用するかどうかは、深く考える必要があるように思う。
現状の受験勉強によって伸ばせる、評価される力は何か?
それが今後の社会で本当に有用な力であるといえるのか?
イイ学校に進学できたとして、その環境や学歴に、どれだけの価値があるのか?

また、渦中から脱した大人がこのように語ったとして、どれだけ彼らに響くのだろうか?

というか、そもそも本来的に勉強って、得だからするものなのだろうか?

と、思考は拡がるばかりですが、要するにこんな現代であるからこそ、「勉強」を皆で考えるべきなのでは、と思っています。
日頃それぞれが抱いているであろう疑問を、投げかけ合い、考え合う場。

前々から温めていましたが、そろそろ実行の時かと。

対象は、中学生、高校生、大学生、保護者、その他社会人と、多世代でやりたいですね。
規模感的には20~50人くらいでやれたら嬉しいなぁという感じでしょうか。
出来れば1月~2月で実施したい。

とりあえず、そんなことを考えています。
この規模感のイベントはまだやったことがないので色々障壁があるかもしれませんが、是非実現したいと思っています。

続報を、こうご期待?

カテゴリー: おしらせ

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